2010年6月27日日曜日

A little bit of input

今日は、こちらを見た:


15分の、とても凝縮されたスピーチ。

個人的に印象に残ったのは、

Trust that the dots will connect along the road.

という、最初の方に出てくるセリフ。

これは、論理主義・効率主義に対する一種の挑戦のように感じた。

ビジネスに染まると、

「この作業/インプットは無意味だからやらない」

という判断を下す事がある。

僕は、学生ながら日常からそうで、

Yes/Noの基準をとてもクリアに持っている。

だけど、それって本当に良いの?っていう問いが出されたんだと思う。

その「今は無意味な物」の一つ一つが、

10年後から見たら、一つの自分の人生を形作ってるかもしれない。

そして、それは10年後にならないと分からない、

それが人生だ、という訳ですね。


先日、後輩とミーティングをしている時に、

目的を意識し、そこからBreak Downしていく事の重要性を話したっけ。

これって、完全に論理派。

こういう考えだと、なかなか新しい物に出会わない。


人生は、
  • 現在の仮の目的に向かって進む時間
  • 仮の目的を忘れて、面白そうな事に打ち込む時間
の両方が必要だと思う。

前者は、目的を達成するための時間

後者は、可能性を広げるための時間。

目的を疑う事を忘れ、盲目的になった瞬間に、バブルに入る。


現在の目的に盲目的になるくらい打ち込める時って、

めっちゃ自分の中で盛り上がって、人生が急加速した気がするんだけど、

どこかで「仮の目標」が崩壊して、人生が急に崩壊しはじめ、

少し時間をおいて、またバランスを取り始める。

どこかで歯車が壊れて、停滞する。


人生、"It was an awful tasting medicine, but the patient needed it"なんて言えるように、

人生一生懸命生きよう!

チャンスをモノにしよう!

頑張ります!

慶應の入学案内

慶應義塾大学の入学案内に、

僕の取材記事が載りました!


かなり重いですが、

是非見てみてください!

一生の記念でにします!笑

2010年6月21日月曜日

授業

大学で1限を受けています。

授業の内容は面白いのですが、

進め方が日本的でダルい・・・

というのが正直な感想です。

先生は用意してきたパワポを読む、

その間に生徒がそれを写す。


その時に、先生の解説が早く終わって、

たまに「スライドを写してください」

っていう感じの間がある。

その間が大嫌い。


先生に、パワポください!とか言っても、

「それやると授業に人が来なくなるから、教育上意味が無い。」

との事。

という事は・・・

「この授業で説明される内容はパワポに全て網羅されていて、

そのファイルさえあれば先生の話は意味が無い」

という事ですかね?

期末試験だけ顔を出して単位が取れるなら、

教えるべき内容は生徒に伝わっているのでOKでしょ。

そして、教授はパワポとか教科書に負けないよう

授業をやりにくる意義をみつけるべきだと思う。

最近のニュースを交えながら授業テーマに関連する余談をするとか、

学生がパワポ/教科書を見ても分からなかった部分を答えるとか。

日本の教授に一番足りないのは、

授業をやる意義を考えるところだと思う。

もちろん、めちゃめちゃ面白い授業もあるのだが、

やっぱり圧倒的少数。


といいつつ、授業中に質問できるだけマシかな。

途中で生じた疑問をそのまま聞けるので、

そこは英語的な感覚。(笑)


2010年6月18日金曜日

成果

成果って面白い。

周りの人から「○○した方が良いんじゃない?」

という意見を貰う事はたくさんある。

その多くは役立つ内容だし、

ほぼ全ては本心から言っくれている内容だと思う。

でも、たまに「?」という物もある。

そういう時はどうしたら良いだろうか?


他人から見たら変な行動を取っても、

結果的に成果を出せば、誰も文句言わない。

逆に、成果が出なかった時、

それが誰かのアドバイスを聞いた上での行動の結果だったとしても、

責められるのは自分で、アドバイスをくれた人ではない。


就活も留学もそうだったけど、

色々な意思決定をする時に、

結果さえ伴えば何とでもなる。


今の僕は、

大学の課題に追われて、

なかなか色々な事に手が回らない。

結果さえ出してれば問題無いのだが、

結果出すのって難しい。

とりあえず、やるべき事をちゃんとやろう。

頑張ります。



2010年6月17日木曜日

伝播

物事の伝播って面白いな~と思った。


今朝友達と電話してたら、

僕が別の友達に

「最近、メールが来るわりに処理でききれなくて、放置しちゃってるんだよね」

というような事を言ったのが周りまわって、

「○○さん(電話相手)がしつこくメール送ってくるから、金森が面倒くさがってるよ」

っていう風に伝わってた事が発覚。

そんあつもりは無いのにな。

伝言ゲームみたい。


一方、SFCキャンパスでは、

卒業以来に会う同期の子から、

「GE内定もらったんでしょ?おめでとう!」

と一言。

僕がこの事を発信した場所は、
  • このブログ(僕に関心を持ってくれてる人が主な読者だと思われる)
  • twitterで何度か
  • 三田キャンパスでは、PCPの人を中心に、友人数名に
くらいかと思われる。

それでも、地理的に大きく離れたSFCキャンパスに、

面白いように伝わってた。


マーケティングにBuzzっていう分野があるけど、

それは、この伝播を上手く利用する、という事。

でも、こんな有機体、上手く操れる気がしないが・・・。


とりあえず、言葉というのは適当で、

思った通りになんか伝わるはずもなく、

勝手に意味を変えて伝播していく。

変に誤解されないようにしといて、

そしてその伝言ゲームの結果を楽しみながら、

楽しみますかね~。


どうなるか分からない物は、楽しまなきゃダメっしょ!(笑)

2010年6月10日木曜日

政治的とは何か?

経済学で考えると、

というか、科学的に考えると、

実は非常に明快な答えがある事が分かった。


集団内におけるFairな意思決定方法はあるか?

という問いに戻る。

「フェアな」という言葉の定義があいまいなのは承知しているのだが。


例えば、選挙をやる時、

どういうルールでやるのかが結構な問題になる。

単記式の選挙の場合は、

Borda's Paradoxという物があります。

どういうルールで選挙をするかによって、

最終的な結論が多いに変わるという事。

3人の仲間と卒業旅行に行く時、

それぞれの希望順序が、
  • Aさん:イタリア>オーストラリア>中国
  • Bさん:オーストラリア>中国>イタリア
  • Cさん:中国>イタリア>オーストラリア
という感じだったとすると、
  • 中国とオーストラリアで良い方を選んで、イタリアと決選投票する(イタリアが勝つ)
  • オーストラリアとイタリアで良い方を選んで、中国と決選投票する(中国が勝つ)
  • イタリアと中国で良い方を選んで、オーストラリアと決選投票する(オーストラリアが勝つ)
という感じで、左右されます。


ちなみに、もっと一般的に、


簡単化して言うと、

「民主主義的な意思決定プロセスで団体の意思を決定する事はできない」

という感じです。(笑)


もう少し噛み砕いていくと、

「選好順序が論理的に破綻しない事」と「民主主義」が両立しえないという事です。

一つ目の、「選好順序が論理的に破綻しない条件」は以下の通り:

社会的厚生関数が成立するための条件
  • 反射性:XはX以上に好まれる
  • 完備性:二つの選択肢があった時、「XはY以上に好ましい」「YはX以上に好ましい」の少なくともどちらか一方が当てはまる(両方当てはまる時は、「XとYは同等に好ましい」)。
  • 推移性:「XはY以上に好ましく」「YはZ以上に好ましい」ならば、「XはZ以上に好ましい」
後半の、「民主主義の条件」は以下の通り:

民主主義が成立するための条件
  • 定義域の非限定性:社会を構成する個人の選考は、上述の3つのルールを満たしていれば自由である。
  • 全会一致性:社会を構成する全員が「XはY以上に好ましい」と思うなら、社会全体としてもそう思う。
  • 無関係な選択対象からの独立性:「XとYのどちらが良いか」は、別のZに対する個人の好みとは関係ない。
  • 非独裁制:社会全体の選考が、特定の個人と完全に一致する事は無い
そして、Arrowという経済学者は、

その博士論文で(!)

これら7つを満たす選考順序は存在しない事を証明したのです。

という訳で、民主主義は単なる空想、という事が分かります。(笑)


さてさて、ここからが更にショッキングで、

Gibbard-Satterthwaite Theoremなる定理があって(証明はこちら)、
  • 3名以上の候補者の中から1人を選ぶ
  • 投票のみで決める(くじ引きなど、偶発性が入らない方法で決める)
というような選挙を考えると、
  • 独裁的:ある一人の有権者の投票によってのみ決まる
  • 特定候補の排除:ルール上、絶対に選ばれない候補者が存在する
  • 戦略的投票が可能:他の有権者の本心を知る事で、本心を偽った投票行動をする事により、自分にとってより有利な結果をもたらす事ができる
のどれかが成立してしまいます。

普通の選挙の場合、

独裁的ではないし、どの候補にも優勝できる可能性がある。

という事は、「戦略的投票が可能」という事になります。

ここが政治が入り込む場所、という事になります。


「フェアな選挙」=「独裁でなく、全員に優勝のチャンスがある選挙」

として捉えると、

フェアな選挙には「腹の探り合い」がつきものである事が分かります。
  1. 政治には選挙がつき物
  2. 選挙には腹の探り合いが付きもの
  3. 腹の探り合いはとても政治的だ
⇒政治は政治的だ

という事で、政治が政治的である理由がよく分かります。

国を治める行為である政治が、

駆け引き・腹の探り合い等で緊迫感がある「政治的」な状態

である理由がね。


とある皮肉だと、
独裁政治だと一人が決める。貴族政治では数名が決める。民主政治では誰も決められない!
というような事が言われます。

ここまで来ると、これが感覚的ではなく、

論理的に分かりますね。


個人的には今の日本のような制度よりは

独裁に近い政治体制の方が良いと思います。

アメリカのように任期中は大統領が大きな権限を持っている制度が、

中・長期的ビジョンに立って、

整合的に政権を運営できるので良いと思っています。

そのためには、選挙制度から変える必要がありそうですね。


とりあえず、今日の結論としては、

「独裁はそれほど悪くない」

という事だけ覚えてもらえれば嬉しいです。

今の日本に必要なのは、全権を任せられるリーダー。


政治・政治的、Politics/Political、という風に、

世界の様々な言語で、

「領土の統治」と「駆け引き」を意味する言葉が同様の語源から来る、

理由が分かったような気がします。

2010年6月8日火曜日

The Bubble

今日は整形外科に行って、

左手の薬指が腱鞘炎になってたので、

ステロイド注射をしてもらった。

ついでに、両手首とも軟骨を痛めてるみたい。

結構、体酷使してるな~。

もう少しいたわろう~。笑


さてさて、今日考えていたのは、

景気も人生も、波があるということ。

経済学で景気変動の理論はあるけど、

人生の調子の変動に合わせてどう行動するか?

みたいな話はなかなか聞かないかも。

キチンサイクルとか結構適当なんだから、

季節の変動に合わせて人間の調子も一年間で一周するとか、

体のホルモンバランスが○か月で一周するとか、

そういった理論がもっと世に出ててもよいのにな~と思う。

ちなみに、僕の人生はきれいに3年周期してる。

そして、今は底にいる。笑

この話は、今度しようか。

昔のブログには、こんな事を書いてましたね。


昨日、人生はB/Sみたいなものだ、

という話をたまたま考えていたが、
人生のB/Sの動き方は、

景気変動下の企業(特に金融機関B)のB/Sの動きに似てるな~
と、思った。

Business Cycle というより、

Bubble cycleと言ったほうが正確かもしれない。

景気が普通だと

企業はバブルに直面すると、

レバレッジを効かせて、B/Sのサイズを増やす。

すると、どこかでバブルが弾けて、

「大変だ~!」ってなって、

そして、いろいろな資産が投げ売られて、

B/Sのサイズが縮小する。

そして、景気の回復とともに、

B/Sのサイズが元に戻る。


問題は、なぜこんな調整が起こるか。

つまり、バブルというのは何か?

である。

経済学的には「バブル」の統一された定義は無い(!)が、

「誤った期待による、価格決定が起こっている状態」

ということにしましょう。


ビジネスのB/Sは金額で測ってるけど、

人生のB/Sは満足度で測られてる。
  • 人的資本(知識・能力・スキル)
  • 人脈(友人・家族・恋人)
  • 社会的名誉・権利
などですかね。

とすると、人生のバブルとは、

「誤った将来満足度の期待」を基に、

資源配分(時間・お金)を行い、

結果として色々なところにひずみが発生してしまう、

という感じですかね。


だけど、その期待感が人生を豊かにするのも確か。

「青春とは、無駄なことに時間を使うことだ」


って、某教授が言ってたような。笑

だから、大きく動くのは悪いことじゃない。

「あの時は、俺もアホでさ~あんな意味不明で無茶な事やっちゃったんだよね~」
って言いながら、ちょっと嬉しそうにしてる人とか、

何となく憧れるし。笑


面白いのは、

そういう経験は「誤った期待」から生まれるという事。

「燃えるような恋」とかは、

色々な「誤った期待」が持てる若者の特権なのかも。笑

俺、最近、わくわくする事が少なくなってるのは、

色々な意味で大人になってきていて、

「誤った期待」を抱く事がないからなのかも。

人生、だいたいの事は想定通りに動くし、

何事にも冷静に対応できる自信がある。

でも、それが幸せなのかな?

最近悩んでる事の一つ。


最初に書いたけど、

僕は今は「人生の変動の底の部分」にいます。笑

過去の経験からいって、

ブログの更新頻度が上がり、

無駄に哲学みたいな話が出てきたりしますが、

読者が一番「面白い」といってくれる時でもあるので、

懲りずに見てやってください!笑