2012年11月11日日曜日

外面と内面

PCP FestaにOBとしてパネル・ディスカッションに参加しました。

久しぶりに訪れた日吉キャンパスは、近代的な建物が増えていて

こんな環境で勉強できる今の学生さん達が羨ましいな、と思いました。


パネル・ディスカッションという形式で話すのは始めてだったので、

思った事の半分くらいしか話せなかったかも。でも、いい経験になりました。

Robert Feldman氏の話も聞けて、学生時代お世話になった教授にも会えて、

しかも、Audienceの学生も50人以上は来ていて、

盛り上がってて楽しかったです。


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さて、質問に答えながら考えていたのは、

"On / Offの分け方"と「プロフェッショナル」について。

世の中、建前上は「プロフェッショナル」が好まれる。

Professionalを定義するとしたら、

「どんな状態にあっても、常に一定の成果を出せる人。」

なんだと思う。


「どんな状態にあっても」というのは、

例えば「ちょっと風邪を引いていても」とか、「恋人にフラれた翌日でも」、という事。

つまり、外的要因に動じずに、自分をコントロールする能力が必要なんです。

「一定の成果を」という事は、

世の中に役立つ、自分の長所/強みを持ってるという事。

そのためには、社会の中にいる自分の立ち位置を理解している必要がある。

「自分の事をよく知っている」+「周りの事もよく知っている」ができて初めて、

自分が世界にどう貢献できるかが見えてくる。


じゃあ、それが完璧にできる人がいたとして、

「その人生が面白いか」っていう観点で見ると、決してYesではないと思う。

後者の、世界との位置関係を理解できてる、ってのは素晴らしい事だと思う。

でも、信じてる人に裏切られたら、感傷的な気分に浸ってみる方が、人間らしい。

たまにはヤケ酒をする人の方が素敵なように思えます。


一方で、そんな浮き沈みが激しい人、って仕事やる上では問題アリ。

じゃあどうするのか。

自分をコントロールして、とりあえず最低限の成果を出す。

ここはプロフェッショナルな人生の部分。

そして、その外で、ちゃんと人間的な生活をするのです。


「最低限の成果」をきっちり出す能力。

自分の感情を「あくまで一時的に」切り離して、Executionをする。

そのExecutionに、ある程度のこだわりを持つと、

自分の「最低限」のハードルが、世間的には「高水準」になる。

これが、「プロフェッショナル」なんだと思う。




ただ、プロフェッショナルとしての任務を果たした後は、

ちゃんと人間的な、浮き沈みのある人生を過ごす時間を取る。

そうしないと、どこかで無理が来ちゃうでしょ。人間だもの。



もちろん、気分がノッた時は、とことん自分の領域を突き詰める。

自分の「最低限」を超えて、高水準の仕事をして、そこが評価されるんだろうけどね。

こういう輝ける瞬間は、とことん突き進めるから良い。

でも、プロフェッショナルが凄いのは、安定して一定の成果が出せる事。

イチローが凄いのは、一本の芸術的なヒットを打てるからではなくて、

常に、一定の確率でヒットを打ち続けられるから。

継続は力なり、なのです。


でも、イチローだって、僕たちが知らないだけで、オフの時間は荒れてる時だってあるはず。

そういうのは、愛犬の一弓とか、奥さんだけが知ってるんだろうね。

「プロフェッショナル」の話をすると、こういう部分は、プライベートだから割愛されやすくて、

だから、「そんな自分の心を押さえるなんて非人間的な事、オレには無理だ~」

ってなっちゃうんだと思う。


そうではなくて、オンの時間だけ、ちょっと我慢をしてでも、一定の成果を出す。

こう考えると、プロフェッショナルの違った見方ができるのかな、って思います。


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こんな事を考える機会を与えてくれた、PCP Festaに感謝!


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