2010年7月2日金曜日

貢献

今日は、後輩が第二回ABFのミーティングをするという事で、

それに参加してきました。


今年は日本でやるみたいです。


このミーティング、少しでも後輩のためになろうと思って、

可能な限り毎週顔を出すようにしている。

でも、彼らのためになってるのかな、

と思う事がしばしばある。


例えば、僕が何かを言うと、

何となくその方向性でまとまってしまう。

僕が反論すると、

皆が「そうですよねぇ~」という雰囲気になる。


だから、最近、ミーティングには顔を出しているんだけど、

なるべく喋らないようにしている。

すると、たまに後輩が「金森さんどう思いますか?」って聞くから、

その時だけ素直に答えるようにしている。


そして、ミーティング後は、

たいてい一人か二人に対して、

ミーティングの進め方だったり、

プロジェクトの進め方だったり、

方法論的な意味でのアドバイスをする事が多い。

聞かれるから答えるのだが、

ついついこの話が長くなってしまって、

僕が一つ一つ説明していくと、

後輩は一個一個納得した素振りを見せるんだけど、

「コイツ、明日になったら全部忘れちゃうんだろうなぁ~」

って気が、たまにする。


気づくと、自分は喋る事に夢中になっていて、

話が相手に響いていない事を感じ、

少し恥ずかしくなる。


毎回迷うのは、

このミーティングは僕が出席した方が良いのか?

もしYESなら、どういうスタンスで出席するのが良いのか?

という事。


僕がこのミーティングに参加する事は、

後輩たちにとって、プラスになっているのだろうか?

それとも、マイナスになっているのだろうか?

僕は、後輩の、そしてPCPの役に立つ事ができているのだろうか?


今日は、このミーティングだけのために大学へ行った。

往復2時間+ミーティング約60分。

この3時間を、例えば宿題をやるため、

例えば勉強をするため、

例えば友達と遊ぶために使ったら、

どんなに楽か、どんなに良いか、

と思う事がたまにある。


でも、PCPの5期の代表という立場からなのか、

純粋に先輩としてなのか、

もともと教え好きだからなのか分からないけど、

自分の内側から一種の義務感が湧いてきていて、

だから、少しでもPCPが良い環境になるために僕は動くし、

後輩にも成長機会を与えたいと思い、

ちょっとチャレンジングな事を要求したりしている。


でも、これが上手く機能しているのかは分からない。

だからと言って、止まったらおしまい。

10年後、20年後に皆の記憶のどこかから僕の存在が消えたとしても、

僕の発した何かが後輩の頭の中に残ったり、

僕の表現した何かがPCPに残ってくれれば良いなと思う。

2 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

偉いよな~。俺はサークルに顔を出した時、自分が気持ち良く話せればそれで良いと思っている。自身がした発言内容を採用するのも向こうの責任であり、採用しないのも向こうの責任であるのだから、言いたい事は全部言って、さようならしてる。「あとは君達の考えることだよ。僕の持ってるカードは全部晒したから、どうぞ好きなように決めてください。」みたいにね。

でも、後輩にとって本当に良い選択となると話は別になる。「金森の意見に反抗できる人間」、もしくは「金森の意見に組織だって反抗できるグループ」でないならば、金森は手伝い方を変えるべき。

どうしてそうしたのか?どうしてそうしたいのか?何故今回はこの議題を選んだのか。彼らにこういった事を聞く立場であるのはどうだろう。こんなこと金森ならとっくに考えていると思うけど、疑問系でグループに一石を投じるのって大事だと思う。

ちなみに僕はサークルに顔を出して何か言うとき、必ずメモを取らせてるよ。今分かってても、どうせ明日には忘れるんだから必ずメモを取れ!と言ってる。参考までに。

金森 俊揮 さんのコメント...

Thanks!

実は、僕疑問を投じると「あんまり考えてませんでした」みたいな感じで、会話がストップして気まずい空気になっちゃう事が多いんだよね。

僕の方が経験が多い分、色々分かってしまっていて、それをつい提供してあげたくなっちゃう、って感じかな。

でも、もっと放任主義でやって、僕が去年経験したのと同じプロセスを経由させて、急激な成長を待つ方法もアリだと思うんだよね。

失敗するリスクと、成長の可能性の間で迷ってます。