経済学的には、
引用されている『ユニクロ栄えて国滅ぶ』の説は間違っていて、
池田信夫さんのおっしゃる通りなのです。
ブログでは、
・著者の浜矩子氏は学部レベルの経済学を理解できているのか?
・最終学歴が一橋大学経済学部卒で、何で教授になれるのか?
なんていう議論がなされてますが。
ただ、池田信夫氏の議論も少し過激すぎるかな、と思います。
少し、ブログから引用してましょう。
「まともな」値段とは何だろうか。浜氏は原価に「適正利潤」を乗せた価格を想定しているようだが、これは誤りである。少なくとも経済学でいうまともな価格(均衡価格)は、限界費用と等しい水準であり、利潤はゼロになることが効率的なのだ。そういう競争をしたら「経済がどんどん縮小してゆき、デフレの悪循環に陥っていく」と彼女は書くが、そんなことは起こらない。ユニクロや弁当の値下げは貨幣的なデフレではなく、相対価格の変化なので、価格が限界費用と均等化すれば止まる。それ以上値下げしたら赤字になるからだ。(引用:ユニクロは日本を滅ぼすか?)
浜氏が「まともな価格」という言葉で何を表現したいか分からない、
という主張はごもっともだが、
それを「適正利潤を乗せた価格」と想定して反論するのは、
あまりにも強引なやり方だと思う。
しかも、「適正利潤」という考え方は経済学的に間違っていない。
池田氏が用いている「利潤」という言葉は、
「経済学における利潤」であって、
会計で言う「利潤」とは少し違う。
一般人は、財務諸表に乗っているような「利益」を想像すると思うが、
あれは、売り上げから、労働や投入物(原材料)の費用を覗いた物。
税引き前とか、本業のみ、とかの細かい分類で、
「経常利益」とか「税引き前利益」、「当期純利益」なんて呼ばれるが、
その辺りは、興味ある人は勉強してみてください。
それに対して、経済学でいう利益は、
売り上げ―労働者の機械費用―投入物の市場価格―自社資産の機会費用
である。
「機会費用」というと難しく聞こえるが、
別の用途で利用した時にかかるコストの事、
と言えばよいだろうか?
今、自分が持っているパソコン・労働力を他者(社)に貸し出したとしたら、どのくらいの収入が得られるだろうか
と考えて、その答えを「コスト」として計上するのが、正しいやり方。
つまり、経済学で「利潤ゼロ」といっているのは、
自社の資産(不動産、その他諸々の固定資産)が生み出す適正利益を得ている、
という事になる。
この点、池田氏が言う通りに浜氏が「適正利潤」を想定しているのならば、
浜氏の方が正しい事になる。
専門的な事が分かる人にとって注を加えておくと、会計では「減価償却」なるものがあるのでややこしいが、減価償却は購入時の費用を均等割りするのに対して、経済学では「現在の機械費用」をコストとして考えるので、時間と共に有用性が変化した場合が考慮される仕組みになってます。
この点を理解していない人がたくさんいるのだが、
これも、ミクロ経済学の初級レベルの本に書かれている事である。
しかも、さらに難しいのは、市場は不完全である事。
池田氏は自由主義者であるが、
この点は認めてもらえると思う。
例えば、僕が労働市場に出たら、市場価格はいくらですか?
大学も卒業していないので、年間200万~500万円くらいだろうが、
そんな事は誰にも分からない。
就職先の企業が決める賃金に従うだけ、
というのが現状ではないだろうか?
昨日まで家庭教師で時給1500円だった人の市場価値が、
P&Gに内定もらった瞬間に年収500万になる訳じゃあるまい。
という訳で経済学が仮定するように、
各投入物(労働・資本)の適正価格が分かる、
という事は無い。そんなもの、誰にも分からない。
とすると、価格競争をしても、
(経済学的な意味での)利潤がゼロの点を越えて、
競争が行われる。
とすると、労働者の賃金が抑圧される。
これが、現在の経済の状態なのかな、と思う。
GDPは成長しているが、
収入が減っている。
生活が苦しいと皆が感じる。
でも、数字上は「経済成長」をしている。
そんな世の中ですかね。
ちなみに、池田氏は面白い事を言っていて、
今後、グローバル化の中で勝ち抜くのであれば、二通りの方法しかなくて、
第一は、金融やソフトウェアなどの新興国ではできないスキルを身につけ、新興国を生産基地として使う水平分業のハブになって利潤を上げることだ。第二は、福祉・医療・流通などの非貿易財やサービス業に労働人口を移動し、中国との競争から逃げることだ。
だそうです。
この点、非常に納得できます。
自分はどっちに入りたいかな、と考えさせられます。
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